デッキモカシンは実は機能の固まりである

マリン系のカジュアルといえば春夏の定番スタイルです。
靴ならデッキシューズとかボードシューズと呼ばれるタイプがそれになるわけですが、実は、そんな伝統的なマリンシューズがヨットやボードの乗船に必要な機能を「満載」している、という話をしたいと思います。
なお、デッキシューズはレザーモカシンのタイプとキャンバススニーカーのタイプに大別できますが、ここでは基本的に前者を検証していきます。
 デッキシューズは、水路網が発達し、世界第一の海運国だった19世紀のイギリスで開発されたボードブーツが起源と考えられます。それは海上や港湾での労働靴として、また、同国で盛んになり始めていたボード競技用として履かれていたようです。やがてそれがアメリカに伝わってモカシンと融合し、スリッポンタイプの短靴に変容。これにさまざまな機能が追加され、ボードモカシンとかヨットモカシンとも呼ばれるデッキモカシンとして完成をみたと推察できます。ちなみに、デッキモカシンは1960年代に日本上陸を果たしたようですが、とりわけ80年代半ばのネオプレッピーの時代にアメカジの定番靴として広く認知されました。
 前置きが長くなりました。デッキモカシンの機能を、デッキシューズの元祖ブランドと讃えられるペリートップサイダー(以下、トップサイダー)の名品「オーセンティックオックスフォード」を例に解説していきましょう。

(製法) アッパーを木型の下から吊り上げ、甲になる部分にモカと呼ばれるふた状の革を縫い付ける、いわゆるモカシン製法です。木型の上から吊り込んだ靴よりも、概して足への装着性が有利であるため、素足履きが前提のデッキシューズに適した製法といえるでしょう。
(アッパー) 本格仕様では、オイル加工が施された牛革が使用されます。この加工は甲板上などで水にさらされた際、革が水を吸いすぎて靴が重くなるのを防ぐための処理です。
(ライナー) アンラインド、すなわちライニングが施されない仕様が基本。アッパーとの隙間に水が溜まるのを防ぐことができるうえ、通気性が向上し、素足へのアタリも軽減できます。
(シューストリング) 布製は水を吸うとし膨張し、結び目がほどけなくなる可能性があるため、レザー製であるのが絶対条件。しかも甲部分のみならず口周り、すなわちトップホールの周囲にもこれが通されています。タウン向けでは単なる飾りであったりしますが、本格仕様では甲と口周りのストリングはセパレート、すなわち1本のひもになっているので、甲のほうを締め上げると、自ずとトップホールも締まる仕組みです。通し穴にアイレッドがはめ込まれているのも、濡れた状態でもスムーズにひも調整ができるから。しかも、これらが丈夫な金属製であるのもポイントです。

デッキ上などで波に足がさらされた際、靴が脱げた引き波にもっていかれぬよう、こうしたディテールが採用されているわけです。なお、このストリング、「中途半端に長いな」と思われた人が少なくないと思いますが、実はこれは「海軍結び」に対応するためのもの。ストリングの左右両端をアッパー両サイドの第一アイレットと第二アイレットの間のストリングにくぐらせて、上方に引っ張り上げて結ぶというもので、海軍兵士には定番の結び方と聞きます。そして、これもまた、トップホールを確実に締めるための工夫なのです。 (キッカー) なんとなく、「これって何の意味があるの?」と思っている人が多いのでは?それは、ヒールカップ外壁に横一文字に施されたスリットのこと。
しかも、その切り口が拝み手状に縫合されています。実は、これはヒールキッカーと呼ばれるディテール。靴が中まで濡れてしまい、脱ぐのに苦戦したという経験はありませんか?ことに素足履きだと、本当にひと苦労です。キッカーは、この部分をもう片方の足で踏みつけることで靴を押さえ込み、濡れた素足でも容易に脱ぐことができるための工夫なのです。当然、相当の力が加わるので堅牢に縫われていなくてはなりませんが、タウン用ですと、これが単なる飾りであったりします。 ・ソール 水を吸わぬよう、ラバーソールが採用されます。
しかも甲板が汚れるのを防ぐため、ホワイトソールであるのが基本です。ところで、一般的な靴底の場合、水にさらされることでハイドロプレーニング現象、すなわち水の被膜でグリップ性を失う減少を起こすため、濡れたデッキ上で著しく滑り、歩行と安全を防げます。この現象の発生を防ぐべく開発されたデッキソールは、表面に細かい波状の切り込みが施されており、歩行すると、この切り込みが「広がる→閉じる」を繰り返しながら侵入していた水分を押し出す構造になっています。しかも、切り込みが、「波状」のパターンなのもミソ。直線では水分が刻みの中で移動してしまうのですが、波状ですと、波形のトップ部分とボトム部分で微妙に排水するタイミングがズレることから、たとえばトップ部分の水が波形のボトム部分に移動しても、そこで外に押し出されてしまうわけです。と、聞けば「そりゃそうだろ」となりますが、筆者などは「これはコロンブスの卵。素晴らしい発明だ」と感心してしまうのです。
  先程、トップサイダーを「デッキシューズの元祖」と記しましたが、実はこの画期的なソールを開発したのが、このブランドの創始者であるポール・スペリー氏です。当時、セイラーだったスペリー氏が、氷上を走る愛犬の姿からインスピレーションを受け、その足裏の構造をヒントに開発したのが、史上初のデッキソール「スペリーソール」でした。同氏はこれはきっかけに、1935年、米マサチューセッツ州でスペリートップサイダーを設立。この画期的なソールを備えたスペリー氏の靴は、やがてアメリカ海軍兵学校の標準着のひとつとして採用され、アイビーリーグの学生たちにも愛用されるように…。そしてトップサイダーの製品は、やがてアメリカが生み出した不朽の名靴として、世界中で愛される存在となったのです。
 さて、元来、デッキモカシンが多機能であることが、これでよくご理解いただけたかと思います。一見シンプルでオーセンティックでありながら、実はウンチクが満載されたデッキモカシン。これぞ男ゴコロをくすぐるアイテムであるといえるのではないでしょうか。

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出典:「靴を読む」より

【令和3年4月26日更新】

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